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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)3356号 判決 1989年7月13日

第一事件原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 牧浦義孝

同 水地啓子

第二事件原告 甲野春夫

右訴訟代理人弁護士 東條健一

両事件被告 株式会社 横浜銀行

右代表者代表取締役 吉國二郎

右訴訟代理人弁護士 小川善吉

第一事件被告補助参加人 乙山松夫

右訴訟代理人弁護士 末岡峰雄

主文

一  第一事件被告は同事件原告に対し、金一五五八万八〇〇一円及び内金一四九六万五三五四円に対する昭和五九年三月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  第二事件原告の訴えを却下する。

三  第一事件の訴訟費用は第一事件被告の負担とし、第二事件の訴訟費用は第二事件原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  請求の趣旨

主文一、三項と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 第一事件原告(以下「原告花子」という。)の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告花子の負担とする。

二  第二事件

1  請求の趣旨

(一) 第二事件被告と同事件原告(以下「原告春夫」という。)との間で別紙貸付金目録記載の各債権が当初から存在しなかったことを確認する。

(二) 訴訟費用は同事件被告(兼第一事件被告、以下「被告」という。)の負担とする。

2  本案前の申立て

主文二、三項と同旨

第二当事者の主張(第一事件)

一  請求原因

1  原告花子は、被告に対し、昭和五八年三月五日一五〇〇万円を、いずれも満期日を同五九年三月五日、利息を年五・七五パーセントとする左記四口の各定期預金として預け入れた(以下「本件各定期預金」という。)。

(一) 五〇〇万円 預金口座番号二二九―二七一

(二) 三〇〇万円 預金口座番号二二九―二二五

(三) 二〇〇万円 預金口座番号二二九―二三四

(四) 五〇〇万円 預金口座番号二二九―二四〇

2  右各定期預金の満期日までの利息(但し、税引き後)は合計六二万一〇〇〇円である。

3  原告花子は被告に対し、右満期日である昭和五九年三月五日に右各定期預金の返還を求めた。

4  よって、原告花子は被告に対し、左記金員の支払いを求める。

(一) 本件各定期預金の元金一五〇〇万円から、被告が認諾した三万四六四六円を控除した残元金一四九六万五三五四円

(二) 本件各定期預金の満期までの利息六二万一〇〇〇円

(三) 被告が認諾した三万四六四六円に対する昭和五九年三月六日から同年一二月二〇日までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金一六四七円

(四) 本件各定期預金の残元金一四九六万五三五四円に対する請求の翌日である昭和五九年三月六日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3記載の事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  被告は、原告春夫に対し、いずれも貸付利率を年六分(利息は期間中日割り計算により前払いする。)として左記のとおり合計一五〇〇万円を貸し付けた(以下「本件各貸付」という。)。

(一) 貸付日 昭和五八年三月三一日

貸付金額 三〇〇万円

弁済期 同年六月三〇日

(二) 貸付日 昭和五八年四月一一日

貸付金額 三〇〇万円

弁済期 同年七月一一日

(三) 貸付日 昭和五八年九月一日

貸付金額 三〇〇万円

弁済期 同年一一月一〇日

(四) 貸付日 昭和五九年一月二五日

貸付金額 六〇〇万円

弁済期 同年三月五日

2  そうでないとしても、被告は、本件各貸付を受けることについて原告春夫から代理権を授与されたか、原告春夫のために代理資格を表示することなく原告春夫の名義をもってすることを容認されたいわゆる機関代理人としての第一事件被告補助参加人乙山松夫(以下「補助参加人」という。)に対して本件各貸付をなした。

3  また、少なくとも最初の三〇〇万円の貸付(右(一)の貸付)の際には補助参加人が同席した原告春夫の面前で借受けを代行していること、その後の昭和五九年一月上旬、原告春夫が被告に対し、まだ六〇〇万円程貸付枠の余裕があるはずだと主張して新規の貸付申込みをしていること(但し、この件は不実行に終わった。)の各事実があるので、右三〇〇万円以外の各貸付を受ける権限が補助参加人になかったとしても、被告は補助参加人に右権限があるものと信じて各貸付をなし、そのように信じることについて正当な理由があったから、表見代理の法理の適用を主張する。

4  その後右(一)ないし(三)記載の各貸付金の弁済期は右(四)記載の貸付の弁済期と同じ期日に変更され、弁済期までの利息は全て支払われた。

5  原告花子は、昭和五八年三月三一日被告に対し、原告春夫が被告との銀行取引により負担する一切の債務及び手形、小切手上の債務を担保するため本件各定期預金に質権を設定するとともに、本件各定期預金の元利金の限度で連帯保証し(以下「本件質権設定等」という。)、本件各定期預金の証書四通を被告に引き渡した。

6  被告は、昭和五九年一二月二〇日原告花子に対し、左記(一)記載の債権を自働債権、(二)記載の債権を受働債権として対当額で相殺する意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。

(一)(1) 本件各貸付金元本 一五〇〇万円

(2) 右に対する昭和五九年三月六日から右相殺日までの商事法定利率年六分による遅延損害金 七一万五〇六六円

(二)(1) 本件各定期預金元本 一五〇〇万円

(2) 右定期預金に対する左記の利息金合計から源泉徴収税二九万一五五四円を控除した七四万九七一二円

① 定期期間中の年五・七五パーセントの利息 八六万二五〇〇円

② 満期の翌日(昭和五九年三月六日)から本件相殺をした同年一二月二〇日までの年一・五パーセントの利息 一七万八七六六円

7  本件相殺により、本件各定期預金は、その元金のうち三万四六四六円のみ残存することになったが、この残元金及びこれに対する右相殺の翌日から完済まで年六分の割合による損害金については本件口頭弁論期日に認諾ずみである。

8  よって、原告の本訴請求には理由がないので棄却されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1ないし4記載の各事実は不知、主張は争う。

2  同5記載の事実は否認する。

3  同6記載のとおり被告が相殺する意思表示をしたことは認めるが、効果は争う。

4  同7記載の認諾の事実は認める。

五  再抗弁

仮に、原告花子が本件質権設定等をしたとしても、原告花子は、本件各定期預金証書の預かり証であると誤信して乙第六号証の定期預金質権設定契約証書に署名押印したものであるから、その意思表示には錯誤があり、無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

七  再々抗弁

原告花子には重大な過失があったから、本件質権設定等の無効を主張できない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は否認する。

九  補助参加人の主張とこれに対する原告花子の認否

補助参加人の主張は抗弁2、5及び再々抗弁の各記載と同旨であり、これに対する原告花子の認否は抗弁2、5及び再々抗弁に対する各認否と同一である。

第三当事者の主張(第二事件)

一  請求原因

1  被告は原告春夫に対し、第一事件における被告の抗弁1記載のとおり本件各貸付をした旨主張しているが、右事実は存在しない。

2  よって、原告春夫は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  本案前の主張

被告は本件各貸付金債権が現在存在していると主張したことはなく、原告春夫と被告との間において現に右貸借の法律関係に争いが存在しないことは明白である。

したがって、原告春夫の本件訴えは、過去の法律関係の存否について確認を求めるものであり、不適法なものであるから却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告春夫の反論

原告春夫の本件訴えは、過去の法律関係の存否に関するのみではなく、現在及び将来の法律関係に直接関連するものであって、適法なものである。

すなわち、被告が主張する本件質権設定等が有効であるなら原告春夫は原告から代位弁済金の請求を受け、その逆に本件質権設定等が無効なら原告春夫は被告から貸付金返済の請求を受ける関係にあるから、本件訴えはこれらの法律関係を抜本的に解決する方法として妥当なものであり、これが過去の法律関係であったとしても、確認の利益は認められるのである。

第四事情

一  補助参加人の主張

1  補助参加人は、同人の妻竹子(昭和五九年七月二六日死亡)の実弟である原告春夫を自己の経営する合資会社新芝浦自動車(以下「新芝浦自動車」という。)の工場長として雇用していたが、同社が昭和五三年一〇月に自動車販売業務を開始して間もなく未収金が発生するようになり、同五八年にはこれが多額に昇ったため原告春夫に説明を求めたところ、原告春夫が同社の売上から約一五〇〇万円を費消していたことが判明した。

2  そこで、右の解決策について補助参加人が原告春夫と協議していたところ、原告春夫の実姉である原告花子が原告春夫のために右弁済をする旨申し出てきた。

しかしながら、新芝浦自動車が原告花子から右弁済を受ける訳にはいかないので、原告花子が原告春夫に金銭を貸与してはどうかと補助参加人が提案したところ、原告花子は、同人の資金を担保として原告春夫が銀行から金銭を借入れて新芝浦自動車に支払いをする旨の申出をしたため、原告花子の右提案を受け入れてこれを実行することとなり、昭和五八年三月五日、原告花子が被告の杉田支店に一五〇〇万円を持参して本件各定期預金するとともにこの預金について本件質権設定等をなし、他方、原告春夫は被告の杉田支店との間で手形貸付契約を締結した。

そして、右協議の結果に基づく被告からの手形借入れ手続一切を原告春夫から委任されて印鑑の交付を受けていた補助参加人は、被告の杉田支店から順次合計一五〇〇万円を借り受け(本件各貸付)、これを原告春夫の新芝浦自動車に対する弁済に充当した。

3  なお、新芝浦自動車は、昭和五八年三月一一日、原告春夫との間で右一五〇〇万円の債務弁済公正証書(以下「本件公正証書」という。)を作成しているが、これ以外にも原告春夫が新芝浦自動車に支払うべき一九二五万四一七二円の未収金(費消金)があり、このうち一四〇七万五一四九円は未弁済のままである。

4  以上のとおり、原告花子は本件各定期預金について本件質権設定等をなしたものであり、原告春夫の未収金回収を促すための定期預金である旨の主張は弁解に過ぎない。

二  原告花子の認否と反論

1  補助参加人が主張する事実のうち、原告春夫が補助参加人の妻竹子(昭和五九年七月二六日死亡)の実弟であること、原告春夫が補助参加人の経営する新芝浦自動車の工場長として雇用されていたこと、同社が昭和五三年一〇月に自動車販売業務を開始したこと、同五八年にはかなりの未収金があったこと、原告花子が同五八年三月五日本件各定期預金をしたこと、補助参加人主張の本件公正証書が存在していることは認めるが、その余は否認する。

2  新芝浦自動車は昭和五三年一〇月頃から自動車販売業務を開始し、その頃から同社の業績が悪化し始めたが、同社が支払うべき金員について補助参加人が容易にその支払いを認めなかったため、原告春夫はやむなく新芝浦自動車の他の入金分から流用して必要な支払をした。ところが、補助参加人は、原告春夫が流用支払いしたものを含めた新芝浦自動車の未収金の全てを原告春夫が費消したと主張して原告春夫にその返済を要求した。

このような不当な要求に応じるべき理由はなかったので、原告春夫は、補助参加人が主張する未収金のうち約半分が右流用分であり、残りは純然たる未収金である旨説明して補助参加人の右要求を拒んでいたところ、補助参加人は原告花子に対して右の弁済を求めるようになった。しかし、原告花子がこれを拒否したので、補助参加人は原告花子に対して、原告春夫が未収金を回収する努力を促すための方法と称して原告花子が被告の取引銀行に定期預金することを求めた。原告花子は、その当時補助参加人の妻である妹の竹子が重病であったこともあって、同女に心配をかけることを恐れて、やむなく補助参加人の申出を承知した(原告春夫は、原告花子と補助参加人との右やりとりを後日になって始めて知った。)。

原告春夫は、姉である竹子と原告花子の両名に迷惑を及ぼしていることに苦慮していたが、その頃補助参加人から「給料を増額するからその分で五年位で返済すれば良い。お前は黙って行ってくれればいいのだ。」などと言いくるめられて、補助参加人主張の本件公正証書を作成させられた。

その後、補助参加人は、原告春夫名義で被告から本件各貸付を受けているが、原告春夫はこの事実をまったく知らなかったし、その旨の権限を補助参加人に授与したことはない。

なお、補助参加人が主張する未収金のうちには既に回収済みのものがあり、また、原告春夫は、補助参加人の不当な金員支払要求にもかかわらず、自己の給料等のうちから八〇〇万円以上の金員を新芝浦自動車に入金しており、これらを差引計算すると、新芝浦自動車は既に不当な利得をしている。

三  原告花子の認否と反論

1  補助参加人の主張1記載の事実のうち、原告春夫が補助参加人の妻竹子(昭和五九年七月二六日死亡)の実弟であること、原告春夫が補助参加人の経営する新芝浦自動車の工場長として雇用されていたことは認めるが、その余は知らない。

2  同2記載の事実のうち、原告花子が昭和五八年三月五日本件各定期預金をしたことは認めるが、原告花子が原告春夫の新芝浦自動車に対する債務の弁済をする旨申し出たこと、新芝浦自動車が原告花子から右弁済を受ける訳にはいかないので、原告花子が原告春夫に金銭を貸与してはどうかと補助参加人が提案したこと、原告花子が同人の資金を担保として原告春夫に銀行から金銭を借入れさせて新芝浦自動車に支払いをさせる旨の申出をしたこと、補助参加人が原告春夫から右の手形借入れ手続一切を委任されていたことはいずれも否認する。その余の各事実は知らない。

3  同3記載の事実は知らない。

4  同4記載の主張は争う。

5  補助参加人は、原告春夫が金銭を使い込んだと主張して原告花子に対しても肉親として責任を取るよう追求するようになり、その当時原告の妹竹子が病気であり、肉親として補助参加人の要求を拒みにくかったことや、補助参加人から、原告春夫が未収金を回収する努力を促すための方法として、原告花子が補助参加人の取引銀行に定期預金をなし、原告春夫が未収金を回収するまでの間これを解約しないことを提案され、たとえ回収できない部分があったとしても原告春夫の給料を増額して弁済原資とするので全額の弁済が可能であるし、原告春夫との間で本件公正証書を作成して原告春夫の支払いを確保する旨の説明を受けたことから、原告花子はこれに応じて被告に本件各定期預金をしたものである。本件各定期預金にかかる一五〇〇万円は原告花子の全財産に相当するので、仮に質権等を設定するなどと知っていたなら、原告花子がこれに応じるはずもなく、右の事情は本件各定期預金をする際原告花子が被告の担当者に説明しているので、被告もこれを承知しているはずである。本件各定期預金を四口に分散したのも、原告春夫が未収金を回収の都度、相当する定期預金を解約することができるように考えたからにほかならない。

また、被告の担当者が原告花子に対し本件の定期預金質権設定契約書に署名捺印を求めた際にも、単に預かり証にサインしてほしい旨求められたに過ぎず、それ以上の説明はなく、原告花子は単なる預かり証と考えてこれに署名捺印したものである。

四  被告の主張

補助参加人の主張と同旨

第五証拠《省略》

理由

第一第一事件について

一  請求原因について

第一事件の請求原因事実は原告花子と被告との間で争いがなく、右事実によれば原告花子の請求には理由がある。

二  抗弁について

1  まず、本件質権設定等の有無について判断するに、右争いのない事実に、《証拠省略》を併せると、次の各事実が認められる。

(一) 原告春夫は、昭和四二年二月、実姉竹子(昭和五九年七月二六日死亡)の夫である補助参加人が経営する新芝浦自動車の工場長として雇用された。

同社は、補助参加人の自宅に構えた事務所のほかに工場一棟を有し、日産自動車株式会社の下請けを中心とする自動車塗装等を業務としていたが、同五三年一〇月に自動車販売の業務を開始して以降未収金が多く発生するようになり、同五六年末にはこれが担当額に及ぶなど回収ができずにいた。このため、補助参加人から工場長として未収金の回収を強く指示された原告春夫は、未収金の回収に努めるとともに、同五七年七月一日付けで「同年八月一五日までに未収金を解決する」旨の念書を補助参加人に提出し、同年九月二〇日には、被告から一八〇万円を借り受け右未収金の残額として新芝浦自動車に入金し、未収金問題について原告春夫が負担する形で一応解決した。

(二) ところが、その後も新芝浦自動車の未収金は発生し続け、同五七年末にはこれが多額に昇ったことから、同五八年一月原告春夫は再び補助参加人からその発生原因等について厳しい追求を受けることとなった。

このため、原告春夫は補助参加人に対し、未収金発生の理由について説明したが、補助参加人は納得せず、退職したい旨の原告春夫の申出に対しても、未収金を整理してからなら退職を認める旨応答し、補助参加人の側でまず未収金の一覧表を用意したうえ再度協議することとなった。

そこで、補助参加人は、妻の竹子に同年二月七日現在で確認した新芝浦自動車の昭和五七年分の未収金一覧表(整備関係と販売関係とに分類した、月別の未収金一覧表であり、合計未収金額は一三九五万五〇〇四円と記載されている。)を作成させ、同月一〇日頃原告春夫を自宅に呼び、これを原告春夫に交付してその処理方を求めた。

(三) また、その一方で、補助参加人はその頃原告花子にも再三連絡をとり、原告春夫が新芝浦自動車に対して甲第一号証に記載された未収金を含めて一五〇〇万円位の未収金を発生させているので、兄弟として原告春夫の未収金回収に努力してもらいたいなどと申し向けて原告花子に原告春夫の肉親としての善処方を求めていたが、その後には、未収金の回収について原告春夫に一層の努力をさせるため、原告花子が右未収金額に相当する一五〇〇万円を補助参加人又はその取引銀行である被告の杉田支店に定期預金し、原告春夫の未収金回収までこれを凍結するという方法を原告花子に対して提案するに至った。弟の原告春夫に関する事柄であるうえ、妹の夫である補助参加人の申出でもあったことから、原告花子も結局これに同意し、昭和五八年二月二八日、同人が日本債権銀行に預託していた定期預金一五〇〇万円を解約して、これを補助参加人宅に持参したが、補助参加人から後日連絡のうえ銀行に同道したい旨の申出がされたため、その日は帰宅した。

昭和五八年三月二五日、原告花子は補助参加人とともに一五〇〇万円を持参して被告の杉田支店に赴き、定期預金の申込をしたが、原告春夫が未収金回収の都度、それに応じた金額を解約できるよう四口に分けて本件各定期預金をすることとした。被告杉田支店では有田孝機が応対したが、当日は土曜日で時間がなかったこともあって、同日定期預金証書は作成せず、同月七日の月曜日に五日の処理として作成された(なお、右預金の際、原告花子に定期預金証書の預かり証は交付されていない。)。

(四) その後の昭和五八年三月一一日、原告春夫及びその妻梅子が新芝浦自動車に対し不法行為による損害賠償債務金として連帯して一五〇〇万円を同六二年一二月三一日限り支払う旨の本件公正証書が作成され、前日に補助参加人から連絡を受けた原告花子も右作成に事実上立ち会った(但し、原告花子は右債務について保証をしていない。)。

(五) 昭和五八年三月一七日及び同月二八日にはそれぞれ原告春夫名義で被告の杉田支店に普通預金口座が開設され(以下、三月一七日開設の口座を「普通預金①」といい、同月二八日開設の口座を「普通預金②」という。)、同月三一日原告春夫名義で三〇〇万円(本件各貸付の最初の貸付分)が貸し付けられて右普通預金①に入金されている。

(六) また、右三〇〇万円の貸付と同日である昭和五八年三月一七日、被告の職員である有田孝機ほか一名が原告花子の勤務する大阪商船三井船舶株式会社の戸塚寮を訪れ、同寮の応接間で原告花子と面会し、原告花子に対して先日預かった定期預金の預かり証ができた旨説明のうえ、持参した定期預金質権設定契約証書に原告花子の署名捺印を求めた。

有田らからはそれ以上に詳しい説明はなく、原告花子は、先日預かった定期預金の預かり証ができた旨の右有田らの説明を鵜呑みにして、右証書の表題「定期預金質権設定契約証書」の部分や原告花子の署名部分に表示された「質権設定者」「連帯保証人」の記載について殊更注意を払うこともなく、漫然と右証書に署名捺印してこれを有田らに交付した。

(七) その後被告は、原告春夫名義をもってその余の本件各貸付を続行し、いずれの貸付金も原告春夫名義の普通預金①に入金されたうえ順次払い出されて新芝浦自動車の用途に費消された。なお、本件各貸付及び普通預金①の払い戻し手続はいずれも補助参加人が原告春夫を代理する形で行われた。

(八) 原告花子は、本件各定期預金の満期日である昭和五九年三月五日、被告に対して本件各定期預金の返還を求めたところ、原告春夫名義の本件各貸付のため本件各定期預金に本件質権等が設定されているとして、支払いを拒絶された。

2  以上の諸事実によれば、原告花子は、原告春夫に対する心理的効果を期待して被告に本件各定期預金をしたに過ぎず、質権設定や保証等の意思はなかったにもかかわらず、定期預金の預かり証と誤信して乙第六号証の一、二の定期預金質権設定契約証書に署名捺印し、錯誤により本件質権設定等をしたものということができる。

3  これに対して、被告及び補助参加人は、原告花子が質権設定及び連帯保証することを承知のうえで本件質権設定等をした旨主張し、補助参加人本人及び有田証人はこれに沿う供述(証言)をしている。

しかしながら、原告花子の提案により、原告花子が金銭を被告に預け、これを担保として原告春夫が被告から貸付を受けたうえ、その借受金をもって原告春夫が新芝浦自動車に返済することとなった(補助参加人本人の供述)というのであれば、原告花子が昭和五八年三月五日に被告の杉田支店で合計一五〇〇万円の本件各定期預金をした際、これと同時に本件質権設定等の手続をするのが自然であるのに、同年三月三一日までこれが作成されていないことや、原告花子が担保を供する対象である原告春夫の新芝浦自動車に対する一五〇〇万円の債務について、昭和五八年三月一一日に本件公正証書が作成され原告花子がこれに事実上立ち会っているのに、原告花子が右公正証書の債務の保証をしていないこと、更には、原告花子本人の供述によると右一五〇〇万円は同原告のほぼ全財産に等しいと認められ、原告花子がこのような担保提供をするからには、原告春夫の責任の有無、金額の正否及びその後の返済見通し等について関係者の間で充分な検討と話し合いがされると思われるのに、これを窺わせる証拠はなく、補助参加人本人が供述する本件質権設定等に至る交渉と経過も容易に首肯しがたいこと、また、自宅兼事務所と工場一棟を有する程度の新芝浦自動車において、補助参加人が未収金の金額とその内訳を知らない筈はないのに、本件で問題とされている未収金の金額の一五〇〇万円は原告春夫の申告によるものであると強弁して、甲第一号証が妻竹子の作成であることも否定し、補助参加人以外の関係者が一様に否定している(原告春夫の妻梅子の証言はないが、同様と思われる。)のに補助参加人のみが、補助参加人と原告春夫夫婦、原告花子及び塚田税理士を含めた五名同席の場で前記原告花子の提案がされた旨供述していることからも窺われるように、補助参加人本人の供述には多大の疑問があることの諸事実に照らすと、原告花子が質権設定及び連帯保証することを承知したとする補助参加人本人の供述は容易に採用しがたいものといわなければならない。

また、証人有田孝機の証言についても、同証言によれば、昭和五八年三月三一日原告花子と補助参加人が被告の杉田支店に赴いて本件各定期預金の手続をした際、有田孝機は原告花子又は補助参加人と本件質権設定等についての具体的な交渉や確認をしたことがないばかりか、本件質権設定等をすることを窺わせるようなやりとりがされたこともなく、結局のところ、有田孝機は補助参加人の事前の説明とその場における原告花子の態度により原告花子が本件質権設定等をするものと一方的に考えたに過ぎないことが認められるうえ、右証言にかかる原告花子の態度もはっきりしたものではなく、これをもって本件質権設定等を承諾していると窺いうるようなものではなかったことからすれば、右有田証言は、原告花子が原告春夫に心理的効果を及ぼすことを期待して本件各定期預金をしたとする前記認定と矛盾ないしこれを否定しうるほどのものではない。

更に、有田証人は、昭和五八年三月三一日有田孝機ほか一名が原告花子の勤務先を訪れて乙第六号証の一、二の定期預金質権設定契約証書に原告花子の署名捺印を求めた際、「担保に入れる書面である」、「質権設定及び連帯保証である」と説明して原告花子に署名捺印を求めた旨証言しているが、原告花子本人は「預かり証である」との説明を受けた旨供述してこれと対立しているうえ、有田証言によれば、同人らが原告花子に担保の内容について詳しい説明や明確な意思確認をしていないと認められるから、前記のとおり同年三月五日の時点でも原告花子の意思確認をしていないのにもかかわらず、銀行員である有田らがわざわざ担保提供の書面に署名捺印を求めに原告花子のもとに赴いていながら肝心の担保提供の意思確認をしていないという奇妙な結果となることや、本件各定期預金を担保とすることが既に決まっていたとしながら、肝心の本件質権設定等の書面がその時に作成されておらず、補助参加人本人の供述にも種々不自然な点を存すること等の各事実を勘案すると、右有田証言はにわかに採用できず、その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

4  そこで、原告花子の錯誤に重大な過失があるや否や(再々抗弁)について、次に判断する。

まず、前記のとおり、有田孝機が持参した定期預金質権設定契約証書の表題には「定期預金質権設定契約証書」と記載され、また原告花子の署名部分には「質権設定者」及び「連帯保証人」の表示があったのであるから、これを看過して漫然と右証書に署名捺印した原告花子に過失が存することはいうまでもない。

しかしながら、その反面、原告花子が本件質権設定等を承知していると考えたためか、原告花子に対して本件質権設定等の意思確認をしなかった有田孝機にも過失が存するものといわなければならず、本件各定期預金について預かり証が交付されていなかったことや、原告花子の勤務先の応接間において本件質権設定等の署名捺印がされたため原告花子において子細に書面を検討する精神的余裕がなかったと認められることからすると、原告花子が乙第六号証の一、二の定期預金質権設定契約証書を預かり証と誤信して署名捺印したことにも同情すべき点が認められ、原告花子の過失を一方的に責めたてて重大な過失があるものとすることは相当でないから、被告の再々抗弁は採用できない。

5  よって、原告花子の再抗弁には理由があり、その余の点の判断をするまでもなく被告の抗弁は失当であるから、原告花子の本訴請求には理由がある。

第二第二事件について

一  原告春夫の訴えは、被告の原告春夫に対する本件各貸付金債権が当初から存在しないことの確認を求めるものであるところ、被告は本訴において右債権が本件相殺により既に消滅しているとし、右債権の存在を主張していないのであるから、原告春夫の右訴えは現在の法律関係の確認を求めるものではなく、過去の法律関係の確認を求める訴訟である。

しかも、現時点において原告春夫が被告から右債権の追求を受ける恐れはなく、また、被告敗訴の判決が確定した場合でも、被告が原告春夫と補助参加人のいずれに右責任を追求するのかは、もっぱら被告の選択にかかり、原告春夫が右責任を追求される必然性は存しないから、現時点で原告春夫に確認の利益を認めることはできない。

二  よって、原告春夫の訴えは、確認の利益を欠く不適法なものであるから、却下すべきである。

第三結論

以上の次第で、原告花子の本訴請求には理由があるから認容するが、原告春夫の訴えは不適法なものであるから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九四条をそれぞれ適用し、なお、仮執行の宣言については相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮岡章)

<以下省略>

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